父のこと     ~その3~

ともかく、手術の決まった父は一転ほがらかになりました。

当初医師より、血管が細すぎてバイパス手術が無理と言われていたもので、嬉しかったのでしょう。

さて、姉夫婦を交え母と私たちはそれからが大変でした。
何分わがままが服を着て歩いているような人ですから(苦笑)、
手術の申請書、家族の同意書をはじめ事前説明やらなんやらで、
一年があっと言う間に過ぎました。

その間少し体調がもどった父は手術の前日、少しだけ現場で機械を
使いながら仕事を、、、、

一年ぶりだったその姿を今も鮮明に覚えています、
もしかしたらこのまま元気になるんじゃないか、なんて思ったもので。

でもその仕事する姿が、最後の働く父の姿でした。



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父のこと     ~その2~

ともかく九死に一生を得た父は、入院生活を余儀なくされました。

なにぶんワガママが、服を着て歩いているような人ですから、
当人はそうとう堪えたようです。
それから交代で母、私、姉夫婦で病院通いが始まりました。
こちらも慣れていないもので、年の瀬迫る中やりくりが大変でした。

さて、カテーテルが無事通せたことで、次は手術をどうするか?
この問題に直面します、
細い血管を一時的に広げても、また詰まってしまうそうです。
このとき父は75歳でした。

医師の説明では、術後のQL(クォリティー・ライフ)を考えた時、手術をせずにこのまま投薬だけを続けた方が良いか、手術を受けた方が良いかは、その頃の分岐点が75歳でした。

ここで家族はみな考え込みました、
そりゃそうです、6~7時間にも及ぶ手術と言うのですから、と思ったら、
なんと真っ先に手術に賛成したのは父でした(笑)

普通相当悩まられるものですが、と担当医が苦笑していました。
それからは、とんとん拍子に話が進み色々な事前検査を経て、
ちょうど一年後にバイパス手術を受けることに決まりました(つづく)。

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父のこと     ~その1~

父が最初に倒れたのは1999年の12月のことだった。

前日から心臓が痛いと言って自宅で横になっていたので、
その日の朝、車で掛かりつけのお医者さんに行きました。
待合にいる私の方に突然、先生が飛んで来て
「不整脈だぁ、心筋梗塞だ!」と告げられました。

直ちにK病院に直行、勝手が判らぬ私は律儀にもパーキングに順番待ち、
父がふらふらと歩いて入り口の中に、、、
ようやく駐車して院内に、年配の看護士さんが「kさんの家族の方ですか?」と、
ついていくと父の服がはさみで、ズタズタに切られていた。
患者の一刻を争う場合は、一々脱がさないらしい。
ストレッチャーに乗った父は、そのままカテーテルを通すため扉の向こうに消えていき、
それからようやく母に連絡せねばと気付きました。

1時間ほどで母が、次いで姉が病院に到着。
廊下で暗い重い時間が流れる、、、、。

カテーテルが無事成功。
父はそのまま病室に、家族は担当医から説明を受けました。
3本の血管のうち2本が完全に詰まっていたこと、
残りの1本が詰まりかけて心臓が痙攣を起こしたことなどなど。

どちらかと言えば「医者通い」は嫌いではなかった人でした、
しかし心臓は疑ったことが無かったので、これには家族も驚きました。

そうそう、私が車で父をK病院に運んだ時、
向こうは救急体制で、救急受け入れ口で待ってくれていたそうです(苦笑)
あとで「なぜ救急車で来なかった!」と叱られてしまいました。(つづく)

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